テリー・ロイド氏がメトロポリス誌を不当に手に入れた方法について

trust-torn2007 年、テリー・ロイド氏の青山のオフィスで、メトロポリス誌売却の詳細を話し合う会合が行われました。その2,3週間前には、スゥエーデンのバイヤーとの交渉が不首尾に終わっていました。テリー氏側の問題だったのか、わざと交渉を流したのか、不明でした。いずれにせよ、2年に及ぶ売却交渉は、大きな後退局面を迎えました。テリー氏が、メトロポリス誌の事業を、東京でのニュービジネスの例として挙げたことには満足していました。

テリー氏に初めて出会ったのは1991年、LincMedia の技術職の採用面接のときです。その仕事は断ったのですが、94 年に東京クラシファイド誌を立ち上げた際、テリー氏主宰のセミナーに出席しました。その際テリー氏は、メトロポリス誌の事業を、東京でのニュービジネスの例として挙げ、嬉しく思った私は、再度自己紹介しました。その後数年、小規模のビジネスを共に行い、情報交換のため頻繁に会うようになりました。

テリー氏も、Japan Inc 誌というテクノロジー関係の雑誌を立ち上げましたが、「隙間のすきま」的なもので、最終的には破たんしました。2007 年にはクラシファイド誌は、Metropolis 誌となり、日本国内 1 位、売上 3 億 6000万円、利益率20%という確固たる地位を築くに至りました。発行部数も、日本の当局による、しっかりとした数字です。一流のスタッフを、全世界に30 人擁していました。その事業の一つ、Japan Today という、オンライン版のニュースメディアは、Japan Times紙のオンライン版を超える規模に成長しましたが、購読者数に比して、広告収入は伸びませんでした。

メアリーと私は、日本国内の英字メディアはまだ発展の余地があると考えており、2 人の子供を英語圏で育てたいという希望もあったので、日本を出国することにしました。

The Dealmaker

当時テリー・ロイド氏はM&Aの仕掛人として実績を伸ばそうとしていました。90年代には、EDS 社にアウトソーシング事業を売却して数億円の収益を上げ、その一部でニュージーランドのビーチリゾートに広大な不動産を購入しています。M&A のプロと言うほどではないことは分かっていましたが、事業売却の経験と、経営者の視点を兼ね備える人物と組むことはメリットがある、とするテリー・ロイド氏の主張には納得しました。同時に、Metropolis 誌の売却を実現すれば、テリー・ロイド氏のキャリアにもプラスになることも分かっていましたので、氏にこの売却の窓口を依頼することにしたのです。

事業売却の手続きは大変な苦労を伴うものでした。事業が好調だったことはプラスでしたが、マイナス面は、事業が成功していても、日本国内の出版事業者にとっては、英字メディアは、訴求力に一定の限界があると映ることです。バイヤーから要求される、事業内容に関する資料の量は、膨大なものになりました。事業の細部までの分析と、説明がなされました。この過程で、テリー・ロイド氏はMetropolis誌の経営内容の詳細を知ることとなりました。

スゥエーデンとの交渉が不調に終わってから2週間ほどたった後、テリー・ロイド氏から、スゥエーデン側が示した金額と同額、年間売上分にあたる金額を提示してきました。テリー・ロイド氏から買収提案があったことには、驚きませんでしたが、当初私たちは懐疑的でした。Japan Inc.で失敗していたので、テリー・ロイド氏は出版業で成功をおさめたかったのですが、もし雑誌の経営にロイド氏が失敗したらどうなるでしょう。私たちの手元には資金も雑誌も残らないことになります。そこで事業以外の担保を求めたところ、ロイド氏は、都内でも地価の高い、渋谷、原宿近くにある、神山町の土地の担保提供を申し出ました。

債務保証について、テリー・ロイド氏、その妻のクミコ・ロイド氏、ロイド氏の香港のビジネス・パートナーであるデービッド・ウェルズ氏の署名を得て、合意書を取り交わしました。債務不履行の場合は、資産を提供するというものです。担保物件の用途についても、価値が下がらないよう、制約が設けられました。他の融資を受ける際の担保にしてはならない。他の交渉の条件に加えてはならない。賃貸してはならない。といった内容です。

The Pitch (売り込み文句)

通常、資産を担保に融資が行われれば、法務局に抵当権を登記することになります。しかし2007年9月のその日、テリー・ロイド氏から以下の要請がありました。

「ちょっと聞いてほしい。事業安定のため、資金調達をするのに、抵当権を登記しない方が都合がいいんだが。」

抵当権が設定されていると、買収に要する資金調達に影響し、私たちへの返済も、将来難しくなるという説明でした。抵当権登記をしないことが、私たちの利益になると思わせようとしたのです。私たちはその提案をしばらく検討し、弁護士に相談したところ、支払いに問題が生じた場合や、担保価値が1億3000万円を下回った場合は、抵当権を設定登記する旨の条件を付け加えることになりました。

これでテリー・ロイド氏の意思に関係なく、いつでも抵当権を登記できると考えた結果、一見無害な、氏の提案を了承しました。実際のところ、テリー・ロイド氏は、抵当権の登記には、自身の合意が必要であることを承知しており、しかもそうするつもりはなかったのです。合意に至った主な理由は、テリー・ロイド氏が友人であり、その申し出であったからです。交渉相手が、私たちのよく知る人物であり、また10年以上にわたってビジネスをしてきた相手であったからこそ、今回の合意が実現したのでした。

合意実現の数週間後、しばらく会っていなかった友人と再会し、雑誌を売却したことを伝えました。

「誰に?」と聞かれたので、
「テリー・ロイドだ。」と答えると、
「あの食わせ者か。」と言われたので、
「そんなことはないよ。土地も担保に抑えてあるしね。」と答えました。

テリー・ロイド氏を助けるために行った、日本で私たちが行った、文字通り最後の経営判断は最悪の結果となりました。

テリー・ロイド氏を助けるために行った、日本で私たちが行った、文字通り最後の経営判断は最悪の結果となりました。契約が結ばれたのは9月30日。その後2週間もたたない10月12日に、テリー・ロイド氏と、妻のクミコ氏は、私たちに知らせぬまま、契約に反して、土地を担保に新生銀行から5300万円の融資を受けました。つまり、事業譲渡の契約を取り交わす一方で、テリー・ロイド氏側は、私たちに提供した50万ドル以上の担保物件を使って、不正に融資を受ける契約を進めていたというわけです。土地を私たちに渡さないためでしょう、3月7日には、テリー・ロイド氏側は、この土地を担保に、さらに4100万円の融資を受けました。私たちが抵当権を登記していれば、これらの融資はもちろん受けられなかったわけです。

この件では、テリー・ロイド氏側は、新生銀行に対しても、融資契約に署名した時点で詐欺を働いたことになる可能性が高いのです。融資申し込みの際は、抵当権登記の有無にかかわらず、債務状況の情報開示が求められるからです。テリー・ロイド氏側は、この土地の担保力いっぱいの融資を引き出し、3階建て・プール付きの住宅をそこに建てたのです。しかし当時私たちはこの不正を知りませんでした。わかっていれば、まだこちらに資金があるうちに、裁判を起こしていたでしょう。

また、後になって、テリー・ロイド氏は、雑誌売却の交渉を、わたしたちの代理人として担当していた際、勝手に買収の提案や売却交渉を進めていました。少なくとも買収に関心を示した1社については、話し合うこともなく断っていたのです。

そのころ私たちは、渡米してカラオケ事業に乗り出していました。この事業は、予想よりコストがかかり、収支が悪化したため、友人や家族に支援を求めることになりました。皆には、テリー・ロイド氏に支払い能力がなくても、十分な担保を抑えてあると説明していたので、よろこんで支援してくれました。唯一の懸念は、担保を処分することになった場合の、売却にかかる時間だけでした。

支払いを待つ最後の数カ月は、永遠とも思えるものでした。14年間働いた後、その成果を手にするのに、さらに3年待ったのです。しかし、待ったおかげで良いこともありました。円高が進み、受取額が100万ドル弱だったものが、170万ドルまで上がったのです。これで、アメリカに定住し、事業を軌道に乗せて、家の頭金を支払い、小さなボートでも買って、残りは老後の蓄えになるはずでした。

Abuse of Trust (信頼の悪用)

2010年の夏、私は支払いの段取りについて確認するため、テリー・ロイド氏に連絡を取り、様々なことが明らかになり始めました。

現状では、満額を支払うことは限りなく難しいと言えます。
しかしながら、そちらの状況をよく理解しているので、他の資産を売却して、ある程度まとまった現金を調達する努力をしています。

これを受けて私たちは、弁護士と相談し、担保を取ろうとしたところ、一切存在しないことが明らかになりました。テリー・ロイド氏からの支払いはなし。担保もなし。雑誌を返還させることもできません。すべては担保にかかっていたのです。

9月間になる頃には、ロイド氏は、一切の支払いはできないと言ってきていました。
テリー・ロイド氏の説明では、メトロポリス誌の経営がかんばしくないから、ということでしたが、まさにそのために、担保を要求していたわけです。テリー・ロイド氏がその点に気づかないのは皮肉そのものでした。

Trapped (罠)

テリー・ロイド氏側は、一部入金を継続していましたが、これは氏の債務の金利にも満たないものでした。しかしこの入金は、私たちの事業や、日本在住時代の半分程度で済むようになったとは言うものの、生活費に充てられました。事業を好転させるのに必要な資金は多くはありませんでしたが、テリー・ロイド氏側には、その分を渡すつもりはなかったのです。ロイド氏を訴える訴訟費用を作らせないためだったのでしょう。テリー・ロイド氏と、香港における氏の事業のパートナー・デービッド・ウェルズ氏は、資産売却によって、ある程度まとまった額を支払うと繰り返し約束したものの、この3年間で、大きな資産売却をしたときはいずれも支払いは履行されませんでした。

ひとつ重要なのは、2007年から2013年にかけて、テリー・ロイド氏からは、一度も雑誌を買収したことに不満は述べられなかったということです。それどころか、氏は、これを「安い買い物であった。」と述べています。雑誌を成長させた私たちを称賛さえしていました。

メディア事業への情熱から、私はビジネ誌のJapan Incを発刊。フリー・ペーパーのMetropolis誌を、献身的な事業家のデブリン夫妻から買収しました。 (2009年のロイド氏のコメント)

お二人は、称賛すべき勤勉な事業家です。お二人の努力がなければ、昨年のうちに私たちの事業は破たんしていたことでしょう。(2010年のロイド氏のコメント)

雑誌は、市場シェア一位、収益率20%であり、売却額はあらゆる点から適正なものでした。ウェブ上でテリー・ロイド氏を批判することになったのは、氏がいくつか事実と異なる主張をしたためですが、実際には1年以上にわたり、事業の裏表を知り尽くし、詳細な数字を把握する立場にあったことを指摘するだけで、氏の言い分が正しくないことは明らかでした。

テリー・ロイド氏との契約の内容は異例のものでした。問題が起きた場合は、商事仲裁をおこなうとしており、これは裁判より手続きは早くなるものの、通例費用も多くかかります。また、テリー・ロイド氏の不動産を差し押さえる訴訟を起こすためには、評価額の40%の供託金が必要で、今回の場合は8000万円となることも分かりました。地球の反対側の日本では、法律の支援も得られない状態です。

Excuses, Excuses (度重なる弁解)

私たちとしては、テリー・ロイド氏が何らかの解決策を出すだろうと、希望を持っていました。氏は、収益の目玉のBIOS事業を売却して、支払いをすると、私たちには言い続けていたのです。まとまった金額を払うことはないと思ってはいましたが、結局2013年7月に、ロイド氏はこの事業を秘密裏に売却。私たちへの支払いはありませんでした。
ロイド氏は、東関東大震災などを支払い遅延の理由にあげていますが、震災は2010年の9月です。

ニュージーランドにロイド氏が所有する住宅について質問すると、氏は「数年前に売却した。」と説明しましたが、実際には2011年、これを売りに出しています。驚くべきことに氏はこれを、「日本の復興支援資金のため。」と説明しました。売却が成功すると、氏からの支払いは行われず、全額を自身の事業につぎ込みました。神山町の住宅について質問したところ、ロイド氏は、価格が簿価を下回っており、家賃収入を得る必要があると説明しました。これも、当初の合意内容に違反するものです。

私たちの詰問に対して、氏は攻撃的になり、問題の原因は私たちにあると言いだしました。事業をたたんで自分の仕事を手伝うべきだといった後には、驚くべきことに、自分が「破産」したのは私たちへの支払いがあったからだ、とすら述べたのです。

続く弁解。2013年3月までは、ロイド氏は私たちへの支払いを約束し続けていました。

メアリー宛:双方の問題をついに終わらせることができそうなので、連絡しました。
現在、ソフトウェア事業の売却を巡って投資家と詳細の打ち合わせを進めているところです。今月末までには合意書を取り交わし、6月末までには売却で合意できるのではと思っています。

テリー・ロイド氏の弁解はすべて、本質的な問題に触れていません。友情を利用して、私たちをだまし、担保物件と雑誌社の事業を盗みとらなかったなら、弁解の必要は全くないのです。

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